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『KONY 2012』運動に思うこと

ここ数日、「拡散!拡散!!」とネット上で燎原の火のごとく世界中に広がっている動画があります。
2012年3月5日にyoutubeにアップされたこの動画は、二日後の今日(7日)ですでにビューイング数が4,285,557、コメント数119,506となっています。

【KONY 2012】 というタイトルの↓こちらの動画です。

  


内容については、こちらのサイト様からの説明を引用させていただきます:

≪チャイルド・ソルジャー (少年/少女兵)を止めるための運動です。

KONY 2012 はウガンダの反政府勢力神の抵抗軍 (LRA) の指導者、Joseph Konyを2012年の間に逮捕しようというプロジェクトです。彼はウガンダ北部を中心として1987年以降残虐行為を伴い、また少年兵を使ってゲリラ闘争を続けている世界的な犯罪者です。

あまりピンと来ないかもしれませんが、来る明日の事を心配しなくて良い僕らは本当にラッキーなんです。

このビデオを周りにシェアして頂くだけでも充分結構です。

ご協力お願いします。≫
 (引用おわり)


                   kony2.jpg
                       LRAの指導者、Joseph Kony


                         **********


この【KONY 2012】の運動サイトは、こちらです↓
http://s3.amazonaws.com/kony2012/kony_new.html

                  kony7.jpg


 
                          **********


この大ヒット動画【KONY 2012】 について、もう少し詳しく内容をご紹介してみたいと思います。



この動画を制作し、動画にも登場し、運動の中心となっているのはJason Russellさんという方です。
Russellさんは、10年ほど前にウガンダを訪れたことが切っ掛けで、ウガンダにおけるLRA(Lord's Resistance Army)の暴挙に脅かされるウガンダの人達の凄惨な現実を目の当たりにします。

Russellさんはその時、現地でJacob君という名の一人の少年と知り合います。
Jacob君は、Russellさんの撮影するカメラの前で、ウガンダにおける毎日の生活がどんなに命がけで恐ろしいものか、そして、自分のお兄さんが自分の目の前で神の抵抗軍によって首を切断されて殺されたこと、将来は弁護士になりたいけれど、学校に通うお金が無いこと、などポツリポツリと語り始めます。

                   kony4.jpg
                      Russellさん(左)とJacob君(右)

その後、数週間をJacob君と過ごしたRussellさんは、Jacob君の口から語られたショッキングな発言 -「もういっそのこと、自分も殺されてしまいたい。 この世にいてもしょうがない。 学校にも行けないし、(自分の)面倒を見てくれる人も誰もいない。 (抵抗軍によって殺された)お兄さんに会いたい。 自分も死んで天国に行けば、またお兄さんに会える・・」 ― を聞き、泣き崩れるJacob君の姿に言葉を失います。

“このままではいけない。 なんとかしなくては・・・” Russellさんは、いても立ってもいられなくなり、Jacob君に約束をします ― 神の抵抗軍の悪行を止めさせるために、私達は何でもする。 we are going to STOP THEM(神の抵抗軍のこと)!! 

それ以降、Russellさんは、Jacob君との約束を果たすために、講演活動や、口コミを通して神の抵抗軍のリーダーであるJoseph Konyの実態を世の中の人達に知ってもらおうと何年も尽力します。
そして、Jacob君との約束から9年後の今年2012年に制作されたのが、“みんなの力で、Joseph Konyを逮捕しよう!”というプロジェクトをプロモートするための動画【KONY 2012】、ということのようです。

                    
Russellさんは、ホワイトハウスにも掛け合ってみるのですが、国益や国の危機に直接関係するような事柄以外は、ノータッチ、、と門前払いされてしまいます。
国が動かないのならば、自分達小市民の力でなんとかしよう、自分達の力で国を動かそう・・・と市民レベルで仲間から仲間へと、その運動の輪を広めて行きます。

まず、世の中の大半の人達が「Joseph Kony」という人物の存在すら知らない現状から変えて行かなければダメだ、とRussellさんは人々への「啓蒙」に取り掛かります。
Joseph Konyがどういった人物であるかを知り、それまでの自分の無関心さにショックを受けた人々は、その「大事な話」を口づてに、または、SNSを通して、人から人へと伝えて行きました。
そうするうちに、最初はRussellさん一人で始めた運動であったのが、見る見る支持者が増えて行ったのです。

この運動グループは、段々と組織化して行き、「TRI」と云う名のコミュニティーへと成長して行きます。

そうして今や、世界中に数十万人の賛同者を得たTRIは、再びホワイトハウスを訪れ、Joseph Kony逮捕に向けた国による「介入」を要請します。
その結果、2011年10月14日、オバマ大統領から直々のメールにて、100人規模の軍を中央アフリカに送り込む事が約束されます。

「これが、アメリカ史上初めて、国民の要請によって、(今回のような問題に対し)国が動いた瞬間であった」、、と動画の中では語られています。


しかし、Joseph Konyは、現在も捕まっていません。 逆に、大国が乗り出して来たことにより、Joseph Kony率いるLRAはより一層警戒を強め、従来の「作戦」も巧みに変えながら、今でもその勢力を保っているとのことです。

そこで、この“Joseph Kony逮捕”を唱えるプロモーション動画では、「みんなに出来る事」として、以下の事を提案するのです :

Joseph Konyを逮捕するためには、ウガンダの軍を支援しなければならない → ウガンダの軍がスムーズに活動できるように、最新の機材や装置を提供しなければならない → それには国(この動画の中ではアメリカ)が全面的にウガンダ軍をバックアップ出来るような体勢にならないといけない → 国が動くためには、それなりの「動機」がないと難しい → われわれ多くの小市民が一致団結して、Joseph Konyの逮捕を求めていることを国に対し示す必要がある

こうした動きを起こすには、いまだに「無知・無関心」である人々にJoseph Konyの実態を知らせる事から始めないといけない・・・・、 ということで、啓蒙活動として以下のようなアイディアを出しています :

・世界的に有名で影響力のある文化人や芸能人(Culturemakers)に賛同してもらい、「プロモーション活動」をお願いする
・Joseph Kony逮捕を実行出来る立場にある権力者たちやポリシー・メーカー(Policymakers)たちに働きかけること
 (議員さんなどの元に、ある同じ件に関して一日に20以上の抗議の電話や問い合わせがあると、議員さん達もその件を無闇に無視出来なくなるそうです)

        kony8.jpg kony10.jpg



・ TRIが用意した何万枚もの「Joseph Kony逮捕運動」のポスターを街中に貼る

               kony1.jpg


・ TRIが用意した「Joseph Kony逮捕運動用のキットセット」を入手し、キットの中に入っている「KONY 2012」と刻まれたブレスレット(2本入っていて、一つは自分用に、もう一つは誰かにあげる用)を着用して、意志表示をする。
  また、このブレスレットには、一つ一つに「ID番号」が付いているので、自分のID番号をTRIかKONY 2012のサイトで入力することで、ミッション参加の意思を本部に伝えることが出来るようになっているようです。
・ 自分達が街中に貼ったポスターの様子や、活動の様子などを携帯で撮影し、記録写真、あるいはムービーとしてFacebookやtwitterにあげて、仲間とシェアしよう

               kony6.jpg


以上の活動に必要な品々は全て、「ACTION KIT」と呼ばれるキットに含まれているそうです。
TRIへ募金をすることで、このキットは無料でもらえるようです。

          kony5.jpg
               『ACTION KIT』 の内容だそうです



さらに、2012年4月20日には 「Cover the Night」 という一大イベントが世界的に企画されているようです。

  kony9.jpg


これは、4月20日の夜、普通の人達が寝静まった後、Joseph Kony逮捕運動の運動員たちが街中に「KONY 2012」のポスターを貼りまくって、一晩で世界中の街の様相を変えてしまおう! という、いわば啓蒙活動の一つのようなイベントが計画されているみたいです。

              kony3.jpg



「みんなの力によって、このプロジェクトが成功したら、これからの人類の歴史は変わって行くでしょう」
「子供たちが安心して、幸せに暮らすことの出来る世の中を作り出すのは、あなたや私のような「人々」なのです」

というメッセージが動画内で流れます。 
「これからの世の中を変えて行くのは、私達「little people」一人一人の意識とパワーである」と。。




                       *****************



以上が、【KONY 2012】 という動画の大まかな内容でした。



この【KONY 2012】は、Facebook や twitter などを通じて、「拡散~! 拡散~!!」と凄い勢いで広がっているようです。

「ウガンダのLRAの指導者Joseph Kony逮捕に向けて、みんなで行動を起こそう!!」と云う呼びかけに、大勢のlittle peopleが賛同し、連結し、一つのうねりを起こそうとしているようです。

確かに、運動の意図は素晴らしいものだと思うのですが、なんだかこの運動、不自然なくらい「出来過ぎ」た感があるように感じてしまうのです。

KONY 2012は、一個人が始めた運動なのですが、その後いくら組織的になったとはいえ、今回の動画のクオリティの高さと、動画の内容と連動して準備された膨大な量のポスターやステッカー、T-シャツやバッジなどのマーチェンダイス、運動参加に必要なグッズが詰められた「ACTION KIT」。。。 などを見ていますと、とても良くオーガナイズドされたものを感じ、バックに誰かいるのではないか? あるいは、実験?? と勘繰りたくなってしまいます。

また、この動画は、特にFacebook上で広められたようです。

とてもオーガナイズドされた「市民運動」、Facebookを主としたSNSを介して運動の輪が大きくなっていっていること、現在の社会のシステムをひっくり返し、小市民が国や社会を動かして行くような世の中を目指していること、、、 どこかアラブの春やOccupy運動などと重なって見えてしまうためかも知れません。


また、グーグルの新プライバシー・ポリシーにより、様々なサービスやデータの統合が始められた3月1日の数日後の3月5日に、この動画が世界に向けて一斉に配信されたことも、気になります。
youtube上ではもちろん、Facebook、twitter、個人のメールを介して、この「運動」がどのように伝えられ、広がって行くのか?、また、実社会においてはどういった影響が見られるのか?、、、 この手の運動が人々の間に「浸透して行く様子」が手に取るように把握出来るでしょうし、あらゆるタイプの「傾向」をデータ化することも可能だと思います。
さらに、KONY 2012 は、「あなたたちの活動の様子を携帯の写真やビデオで記録して、SNSでみんなでシェアしよう!」なんて提唱しています・・・・。

そうして得られた生々しいデータは、何に利用できるでしょうか・・・・?

表面的(!?)には「国民がうるさいから、政府(あるいは企業も)も、しぶしぶアクションを起こした・・・」 という形態をとるこの手の運動は、これからも増えて行きそうです。




・・・こんな穿った見方ばかりしていると、私は運動賛同者さんたちから“party pooper” と呼ばれてしまいそうです。


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2012年03月08日 | ニュース | トラックバック(0)件 |

プレッパー流 我が身と備蓄品を守る方法

大地震やハリケーンといった自然災害などに備えるべく、自分達で食料や物品をせっせと調達し揃え、時には仲間同士でサバイバルや自給自足の生活に関する情報やアドバイス、意見交換なども活発に行っているプレッパー()たち。

※ "prepper" (プレッパー(名詞)) : 有事や生活形態の変化に備えて、事前からprep(準備・備え)をする人、あるいはグループ。 どのような非常事態を迎えようが、その変化が自分達の生活へ与える影響を最小限に抑えられるように、他人に頼らず(自立した)、外部からの支援(政府など)をあてにしないライフスタイル。
http://www.prepper.org/ 「プレッパーの定義」より)


                preppers1.jpg


世界的な経済崩壊、社会システムの崩壊、階級闘争(Class warfare)というシナリオが現実味を帯びて来た事で、プレッパーたちも自然災害対策だけではなく、経済崩壊後の社会での生き方にも重点を置いた活動(準備)に流れがシフトしているようです。

自然災害でも経済崩壊でもその後に待ち受けているのは「カオス」(大混乱・無秩序の状態)です。
数日間、あるいは数週間の間だけ乗り切る事が出来れば、外部からの救助隊が来て助けてもらえる可能性のある自然災害とは違い、社会システムの崩壊により引き起こされるカオス(無秩序状態)というのは、数ヶ月、ひょっとすると何年も続くものなのかも知れません。

そうした「カオス」の時代を生き抜くために日頃から地道にprep(準備・備え)してきたプレッパーたちは、物資の面ではすでにかなり準備万端ではあるようです。
しかし、いざ社会が無秩序状態になってしまった時、果たして自分達の備蓄して来た物資や我が身を、備えを怠ったために路頭に迷う「デスパレート」な人々から守っていくことはできるのか? と云った不安を感じ始めているプレッパーたちが増えているようです。

そういった悩めるプレッパーたちに向けて「備えを怠ってきた人達から、いかに自分の蓄えを守るか」をテーマにして書かれた記事が、プレッパー・サイトやサバイバル・サイト、金融/社会崩壊(collapse)をテーマにしているサイトなどで紹介され、広まっています。
その中から今回は、多くのサイトにて転載されている記事「How To Divert The Unprepared From Your Preps」(準備を怠ってしまった人達から、あなたの蓄えを守る方法)をご紹介してみたいと思います。
この記事は、サバイバル・サイト『Modern Survival Blog.com』 に掲載されたものです。



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How To Divert The Unprepared From Your Preps
(準備を怠ってしまった人達から、あなたの蓄えを守る方法)


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社会(のシステムが)崩壊するようなイベントが起きた時、人口密集地から離れていればいるほど良いに越したことはないと思います。 しかし、残念なことに、ほとんどの人々は都会やその近郊に住んでいて、もしシステムが崩壊するような事があった場合には、そういった地域では問題が一層深刻なものとなることが予測出来ます。 もちろん、田舎でも問題は起こります。 

そのような事態を迎えた時、日頃から備蓄したり、十分な準備をして来なかった人達は、まず食べ物や清潔な水をどう調達するかといった問題に直面するでしょう。 
また、万が一の危機に備えてしっかりと準備して来た人達は、自分達の備えをどう管理して守って行くかということが一番の問題となるでしょう。


都会、近郊、または田舎に関係なく、社会が非常事態に陥った場合、人々は「物が有りそうな所を目がけて」押し寄せてくるので、プレッパーやサバイバルに関心のある人は、そのような人々への上手い対処法も知っておく必要が出て来ます。

中には、自宅を要塞のようにして、最後まで「略奪者」たちに抵抗する人もいるかも知れません。 そういった方々は、罠の仕掛け方や、あらゆる武器の紹介などが掲載されている軍向けのサバイバル・マニュアルとか訓練法が出回っているので、そちらを参考にしてみてください。

備蓄もばっちりで、あとはただただ出来る限り長きにわたってサバイバルして行きたい方々には、もうちょっと穏やかな対処法があります。 ただ、自己防衛法・護身術を身につけておくことの大切さは、忘れないでください。


まずは肝心なライフラインのことですが、その蓄えだけで何カ月も、ひょっとすると何年も乗り切らねばならなくなってくる訳です。 その蓄えを「準備をして来なかった人々」とシェアなどしていたら、あなた自身の死活問題にもかかわってきます。 みんなを食べさせることなど現実的に無理です。 
あらかじめ備蓄しておいた品々を安全に保管する方法はあります。 危険な諍いを避けるための対処法もあります。 食べ物を分けてくれと求めて来た人達の心証を悪くさせないことで、いつか社会が復活した時、彼らから変に逆恨みされてしまうような事態も防ぐことが出来るのです。



前もって計画を立てることと食糧・物品の確保・管理について :

― 全ての物を上手く隠せるような場所を探しましょう。 storm cellar(荒天候用の地下シェルター)などは地中にあるので、密閉可能で安全だし、涼しいし、完璧に密閉できれば食べ物が凍ってしまう心配もありません。 湿気が気になる場合は、保管したい物をプラスチック製の密閉箱に入れておけば大丈夫でしょう。 その他の隠し場所としては、屋根裏の絶縁材の下とか、壁の中、潜り込めるようなスペース、、、と、とにかく隠せるような場所なら家中どこでも利用しましょう。

― 備蓄した食糧とか物品を人目に付きやすい所に置いて保管している人達が意外と多いです。 窓を覆ったりするだけで、その室内に何が置かれているか外から見られるのを防ぐ事が出来ます。

― もし可能ならば、自宅の窓の枚数分の板やネジ(釘)を用意しておくといいでしょう。 危機が訪れた時、窓は非常に簡単に壊されてしまいます。 窓がなくなってしまったら、雨風にも晒されることになりますし、有害な虫や動物、人間も簡単に侵入出来てしまいますし、外から家の中が丸見えになってしまいます。 

― 信用できないような人達に、自分が日頃から備蓄をしていることなど言わないようにしましょう。 自分が信用出来、頼れる人達のみ仲間にしましょう。 (信用出来て、助け合えるような仲間の)人数は大切です。



大変動後、人々を寄せ付けないようにするためには :

― なるべく人目に付かないように暮らし、夜間は電気やロウソクなど光は出来る限り点けないようにしましょう。 自宅が暗闇に溶け込むように暗くしておくこと。 ほんの少しの明かりでも遠くからは見えてしまうものです。

― 食べ物の臭いにも気を付けましょう。 食べ物を調理する時の臭いは、遠くまで届きます。 特に、肉類を調理する時は注意です。

― ゴミは全て埋めること。 変な菌の繁殖も抑えられるし、デスパレートな人達から「あそこにはまだ食べ物があるぞ」と思われてしまうことも防げます。

― 自宅の外観を小汚く、見苦しくして、荒廃しているように見せましょう。 平時もそうですが、明らかに何も無さそうな家などは誰も狙おうとはしません。 家を「汚なくする」のは、意外と簡単に出来ることです。

                preppers8.jpg


― 動き(部屋の中で動き回ったり)や音を出すような事は最小限に留めましょう。 人が生活している気配があれば、そこには人が生活するのに必要な食料や物品があると思われてしまいます。

― 人を遠ざけたい時には、家の外に赤いスプレーなどで大きく「QUARANTINED」(隔離状態)と書いておく。 「注意 重病人がいます」と付け加えても良でしょう。 ほとんど人達はこれ以上の災難(重病にかかるなどの)を被ったり、病原菌が感染していそうな食べ物などは食べたくないでしょうから、近寄ろうとしなくなるでしょう。




誰が家に訪ねて来たら :


             preppers7.jpg
                  " heeeeere's Johnny !!"

(略奪などを目的とした)人が訪ねて来た時、立ち向かって行くのもありですが、そうすることによって相手に「これだけ抵抗するくらいだから、家の中にはきっと良い物があるに違いない」という間違った印象を与えてしまい、争いになった末に負かされてしまうかも知れません。 そのような事態を避ける方法もあるのです。


― とにかく、人を家に入れないことです。 万が一、家に入って来られた場合に備えて、家中を要らない物などでごちゃごちゃにしておく事で、相手の関心を肝心な物から逸らせることが出来ます。 外観同様、家の中も何も無いように、あるいは荒れ果てているように見せることです。

― あなた自身も全てを失ってしまったかのように、みすぼらしく、打ちのめされているように装いましょう。

― 本当に、何も蓄えなど無い事を相手に訴えることが必要です。 間違っても「私達もあと2週間分の食べ物しか無いんだ・・・」などと言わないように。 人々は、それすらも狙って来ます。

― 自分の備蓄品に関して話す時は、「貧弱な」とか「少量の」、「ごく限られた」とか「わずかに」、「空だ」とか「ほとんど無い」といった言葉を意識して使いましょう。

― もし、どうしても食糧を分けてあげなくてはならなくなった時は、それによってどれだけ自分が犠牲となってしまうのかを見せつけましょう。 そうすることで、相手がそれ以上求めて来なくなく可能性があります。

― 人々に食料を分けなければならなくなった場合には、まず子供たちから分けてあげることで、周りの人達にも「あの人も精一杯やってくれているんだ」という印象を与えることが出来ます。

― 何かを物色しに人が訊ねて来ることを想定して、あらかじめ「お断りの言い訳」を考えておきましょう。

― 大勢の人の前に出て行かないように。 モブ・メンタリティ(群集心理)ほど恐ろしいものはありません。

― (数人の仲間が集まったグループで生活をしている人達は)外部との応対は、グループの中の一人に任せること。 下手に複数人で出て行って応対してしまうと、仲間同士での話の辻褄が合わなくなり、ボロが出て、食糧を保管していることが相手にバレてしまう事があります。

― 人と話をする時は、注意深く、必ず相手の目を見て話しましょう。 その時、相手が「(あなたの)本当の懐具合を見定めよう」とするような目つきをし始めないか注意すること。 決して相手から目を逸らしてはいけません。 相手のボディ・ランゲージにも注意しましょう。  

― 常に冷静に、自分の意思をきちんと伝えて、途中で考えが変わってしまうようなことにならないように。 このような態度でいることで、あなたの所持品を根こそぎ持って行こうと企んでいるような相手の思惑に乗ってしまわずに済むでしょう。

― 苦しんでいる人達を横目に、自分だけが食糧や物品を蓄えていることに対し、あなたを批難するような事を言われたとしても、罪悪感を感じないようにしてください。 出来る事ならば皆に食べ物を提供したいのだけれど、現実的には不可能だと云う事をしっかりと伝えましょう。 さらに、あなたは相手よりも苦しい状況にあるような素振りを見せられるといいです。 病気や病人を装うのも手です。

― 相手があなたから奪おうとしている「物」から相手の意識を逸らさせましょう。 相手や他の人達に「あなたは、これからどうするつもりですか?」と逆に彼らの今後の計画を聞いて見るなどして相手に話題を振って、話を本題から逸らしましょう。

― 偏見や差別抜きで、太っている人達はやはり食べることに関しては人一倍必死です。 そのような人達に対して「No!」は通じないでしょう。 そのような人達は食べ物のためならば、あなたを困らせたり、信じられないような行動に出る可能性があるので要注意です。

― 相手がどのような反応を示すか、あなたも相手の立場に立って物事を考えてみることも大切です。 相手の立場になって考えることで、物乞いに来る人達にどう接するのが良いのかが、自ずと分かってくるでしょう。

― タンポポなど食用出来る原生植物を数種栽培しておき、近所の人達には「私はこういった植物を食べて、食いつないでいるのですよ」と話し、そういった植物は都会でも見付けられる事を教えてあげましょう。 そうすることで、彼らの関心をあなたの蓄えから逸らすことが出来るでしょう。


以上、あなたのサバイバルの鍵となる物資 - あなたが懸命に努力して溜めて来た大切な食料などを守るために役立ちそうなアイディアをまとめてみました。
私達は皆、程度の差はあれ、飢えやデスパレートになっているような人を思いやる心や同情する心を持っていることは言うまでもありません。 それが人情というものです。 
問題は、あなたが億万長者で、膨大な量の食糧や物資の蓄えがあり、また今後も食料を供給して行けるような設備でも持っていない限り、困っている人達全員の面倒を見て行くなどということは、到底無理だということです。 


あなたが出来る限りの人達を助けようとすれば、やがてあなたまで食料や物資を失うこととなり、最終的には皆と同じ運命を辿ることとなるのです。 
それか、あなたが一生懸命に準備して蓄えて来た物は、あなたの家族や仲間の今後のために確保しておくことです。 その時には、今回の記事にあげたようなアイディアや対策を参考にしたり、あるいは他の方法で自己防衛し、「身包み剥がれて」しまうことなど無いように、心掛けておきたいものです。 



(以上、意訳を含む翻訳でした)
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自分や大切な人達だけが助かるためのアイディアがまとめられているようなこの記事を読まれて、殺伐とした内容に思わず眉を顰めたくなってしまった方達もいるかもしれません。

でも、例えば、2005年にハリケーン・カトリーナの災害に見舞われたニューオーリンズの被災後の様子を思い出せば分かるように、海外では社会がカオス状態に陥った場合、デスパレートな人々が暴徒化し、生きて行くためには他人から物を略奪したり、最悪のケースでは殺人を犯したりの犯罪が横行するなど、無秩序状態となりうる危険性は、非常に高いのです。

  preppers11.jpg preppers12.jpg


ですので、アメリカなどでは、この記事の筆者のように最悪の事態を懸念し、「あくまで自衛」することの大事さを訴える人の必死さが評価され、特にプレッパーたちの間では「有用な情報」としてネット上に広がって行っているのだと思います。

無秩序状態がハリケーン被害者の救済を妨害

【社説】大災難より強い日本人




今回の記事の中では触れられていませんでしたが、自然災害などが原因ではなく、グローバルエリートたちがトリガーを引き、社会システムを崩壊させることで、「計画的に」カオスが引き起こされるような場合は、「prep」(備蓄などをして、いざと云う時のために備える)を始める段階から気を付けないといけないのかも知れません。

例えば、備蓄するための食料や物品を買い揃えるために、いつもの決まったスーパーなどで買い出しし、毎回カードで支払いを済ませていると、そのカード情報から誰が・いつ・どこで・何をどれくらい購入したか読み取られてしまうことから、備蓄をしていることがバレて(?)、(当局などから)変に目を付けられてしまう可能性も考えられます。

また、カードで支払わないようにしても、ポイントを集めるために「ストアカード」を毎回リーダーに通してしまえば、購入した品のリストがばっちりと記録されて残ってしまいます。
考え過ぎかも知れませんが、戒厳令が布かれた後、「買いだめ」していることが「当局」などに見付かってしまった場合、ある日突然、軍などが家にやって来て、蓄えを全て没収されてしまうようなこともあるかも知れません。。

FBIが作成した「対テロマニュアル」(?)の中の「テロ活動が疑われる行為」という項目には、以下のような行動をとる不審者には要注意と書かれてあります:

・ 現金での支払いをする人
・ 手や指が欠けている人
・ 異臭を放っている人
・ 人種差別や過激な宗教的発言の多い人
・ 過激な神学考察をする人
・ 全天候対応型の武器や道具を購入する人
・ 調理済み食品を大量に買おうとする人
・ 暗視装置やナイト・フラッシュ、ガスマスクを購入する人

「これでは、プレッパーたちも不審な行動を取る人物(テロリスト)としてマークされてしまうのではないか」 とプレッパーたちからは不満と不安の声が出ているようです。

自然災害や経済崩壊などによって世の中がカオス状態になってしまっても、自分達だけでも人に迷惑をかけずに過ごそう、ほとぼりが冷めるまでひっそりと自給自足でマイペースで生活をしていこう、、、といった心掛けのプレッパーたちが下手をすると「テロリスト」扱いされてしまいかねない、ということのようです。
まさか、プレッパーたちにまでNDAA(国防権限法)を・・・・ ?!



「いざとなったら車に食料などを積み込んで、人里離れた場所に逃げて、ひっそり暮らそう」と考えている人達もいるようですが、ひとたび戒厳令が発令されてしまうと、各所で道路閉鎖が始まるのでしょうから、そのような都会脱出計画も実行は難しくなるのかも知れません。

万が一、戒厳令が布かれ、道路も閉鎖され移動が規制されるような事態になってしまった場合、自宅に籠って様子を見るしか手立てが無くなってしまった人達にも、今回の記事に書かれてあるようなアドバイスが案外と役に立つのかも知れません。

***

以前、Russia Todayにてアメリカの「最強プレッパーさん」が紹介されていました↓

           

食糧、物資、備品、医薬品から、防護服、ガスマスク、ライフルや拳銃などの武器、無線キット、、、とスゴイ気合いが入っています。
でも、多勢に無勢で、もしもデスパレートな集団に襲われて、一切合財持っていかれてしまったら、どうするのでしょう??

「物は奪うことが出来ても、個人の知恵や知識、生きる力まで奪うことは出来ない」 ― どなたかが言っていた言葉を思い出しました。







2012年02月08日 | ニュース | トラックバック(0)件 |

冷戦時代にアメリカで行われていた放射線人体実験 part 3

パート 3 です。 パート1はこちら、パート2はこちら です


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(元記事は、こちら です)



【近年における生体実験】

アメリカ合衆国は、世界最大の生物化学兵器庫を保有していますが、軍やCIAなどが中心となって秘密裏に行われていた細菌戦に関する実験について知っている人はあまりいません。

例えば、1977年8月にCIAは、少なくとも149件のサブプロジェクトを実施してきた事実を認めました ; サブプロジェクトの中には、様々な薬物が人の行動に与える影響を調べる実験の実施や、嘘発見器の使用、催眠術、電気ショックを使った実験の実施、また、麻薬等の密輸にも係わっていたこと、、などが含まれていました。
これらプロジェクトには、44の大学、15の研究機関、12の病院やクリニック、3つの刑務所が関わりました。 悪名高いMKウルトラ思考操作実験には、被験者(犠牲者)が(CIAが用意した)売春婦と連れだってホテルの部屋に入ると、その場で被験者には麻薬が与えられ(被験者には知られないように、薬物を飲み物に仕込むなどして)、CIAはその後の被験者の様子を陰から観察する、というものもありました。

1950年~1960年代にかけて、軍が何も知らないアメリカ国民に対して細菌攻撃を行っていた事は、記録にもしっかり残っている「現実」なのです。 なかでも有名なのは、米軍がサンフランシスコ市民に対して行った、6日間にわたる細菌攻撃(bioattack)で、この時は有害なバクテリアが空から市街地に向けて散布されました。 結果、この伝染性微生物が原因で12人が肺炎を病み、高齢の男性一人が亡くなっています。 

また別の細菌攻撃では、ニューヨーク市の地下鉄のトンネル内でバクテリアがばら撒かれました ; 同様にワシントンD.C.の飛行場、ペンシルベニアのハイウェイでもバクテリアが散布されました。 
細菌戦に関する実験は、フロリダ、キーウェストのヴァージニアにある米軍基地と、カリフォルニアとハワイの沿岸地方でも行われました。

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過去50年にわたり、政府の恥ずべき放射線実験に関する情報は、ずっと隠蔽されてきたのです。 
アイリーン・ウェルソンは、著書「The Plutonium Files」の中で、冷戦時代に軍事と医療がそれぞれの義務や行動計画の境を見失い、混同した結果生じた「おぞましい倫理」について書いています。 ウェルソンは、放射性降下物の危険性について、きちんとした情報を一般に伝えなかった事や米軍兵士たちの被曝の事、風下住民の疾患のことなどに関する責任のすべは、核爆弾プロジェクトの「PRマシン」にあるとしています。
一方、政府のプロパガンディストたちは、責任は“突然の風向きの変化”や“誤った情報を伝える科学者たち”や“年老いた退役兵たちの妄想”、さらには“共産党のプロパガンディストたち”にあるとしています。

ウェルソンは、次のように結んでいます : “(政府によって張られた)騙しや否定の網というのは、まるで壮大な陰謀が存在するかのように感じますが、実際には、単に、緊迫した核戦争の脅威を信じて疑わず、国家緊急事態を懸念し、兵器(開発・製造)プログラムに引き込まれて行った科学者たちと官僚たちの信念によって生み出されたものである”。
そして、これまで数年間にわたって公開されて来た何千もの放射線実験文書から学んだ事を、果たして私達は忘れないでいられるであろうか・・・・ と憂慮しています。
ホロコーストやナチスが人類に対して行ってきた犯罪同様、放射線実験も決して忘れられてはならないことなのです。

ロサンジェルス・タイムス紙(2000年1月2日付)に掲載されたウェルサムの著書へのレビューにて、トーマス・パワースは次のような疑問を投げかけています : “核実験の危険性について隠蔽を行って来たような政府です。 酸性雨や温暖化、使用済み核燃料を地層深く埋めて処理することの安全性などに関しても、果たして真実を言っているのでしょうか? 政府の言う事を信じられますか?”

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【極秘の医療実験は、続くのか】

政府の極秘実験から人々を護り、安全を保障出来るような対策・防護は十分ではありません。 
1970年代中半以来、私達は、遺伝子工学や分子生物学の飛躍的な進歩と同時に、AIDSや慢性疲労症候群、ナヴァジョ(Navajo)などの“フォーコーナーズ”で発見された奇妙な肺病や、これまでに存在しなかったようなウィルスの“出現”を目撃して来ました。

そのような病気の原因と、新種の微生物への危険な「操作」との関連を探っていた研究者たちは「パラノイド」だとか「頭がおかしい」と呼ばれ、虐げられて来ました。 
謎の多い湾岸戦争症候群もごく近年の病気で、これも軍事と生物学による「機密」のため不明な点が多く、病原については今なお論争が続いています。 また、湾岸戦争症候群を患う兵士たちの医療記録は“紛失”しているか、提供出来ないことになっています。 
これら新種の病気やウィルスに関してのリサーチや資金提供、カバーストーリー(真実を隠すために作り出されるニセ話)などをコントロールしている政府機関は、放射線実験を支援していたのと同じ政府機関なのです。
 
委員会の最終報告から分かったことは、医療・科学の専門家たちは政府・軍と共謀してアメリカ国民を虐待し、病ませて来たということ、そして、彼らは何をしても罰せられることなく好き勝手に悪行を行って来れた、ということです。 
58年前にマンハッタン計画から続いて始まった冷戦時代の機密は、果てるところがありません。

2001年1月、政府から提出された統計によると、冷戦時代に核兵器工場で働いていた原子力作業員たちは、職場で誘ガン性放射線と化学薬品に接していたため、ガン発症率が著しく高くなっていたことが分かりました。

1940年代から現代に至るまで、政府の弁護士や科学者たちは、「核放射線やウラニウム、プルトニウム、フッ素などによる被曝が原因で病気になってしまった」という労働者たちの訴えを何度も退けて来ました。 
しかし、労働者たちをガンや慢性の病気の原因となる物質に晒して来たことを政府がようやく認めたことにより、現在14の核兵器プラントで働く約600,000人の労働者達にその影響が及ぶ事になります。

ロサンジェルス・タイムズ紙は、“労働者たちは、国からの賠償を得るために何年も費やし、障害者手当をもらうためには弁護士を雇わねばならず、クリニックに行けば治療が始められる前に「今後の障害者手当を受給する権利を放棄する」ことを約束する署名を強要された” と報じています。

ワシントンにあるハンフォード・プルトニウム・プラントの雇用者であったケイ・サザランドさんは、公聴会で「このエリアの住人達は、30代、40代、50代で「引退」(働き続けることが出来なくなってしまう)となってしまう人が多いため、多くが貧困に追い込まれています。 引退するには若すぎる年代であり、また社会保障を受けるにも若すぎるのです。 そういった人達は、そのまま社会に忘れ去られ、死んでゆくのです」と訴えました。 サザランドさんは、家族5人のうちの4人を病気で亡くしており、彼女自身も肝臓肥大と複数の腫瘍に悩まされています。 
サザランドさんは自分の事を“アメリカの冷戦のホロコースト生存者”だと言います。



どうしたら私達は、これまで何千人という罪も無い人々を病気にし、命を奪ってきた核や生物化学兵器のような恐ろしいものを廃絶することが出来るのでしょうか? なぜ、本来ならば人々の健康を護らねばならないはずの医師や科学者たちは、何年も何年も政府の行ってきた医療的虐待を隠し、カバーしてきたのでしょうか?

この虐待を止める手段の一つは、医師・科学者たちを非人道的な実験を行った犯罪者として、法廷に連れ出すことです。 しかし、これは人々が行動を起こさない限り、実現は難しいでしょう。  

ジェフリー・シーは、コロンビア・ジャーナリズム・レヴューの記事に、こう書いています : これらの「実験」について驚くことは、何百件もの非倫理的な実験が実際に行われていたと云う文書や記録が残っていて、さらに実験の後遺症で障害・病気になってしまった何千人もの犠牲者たちがいるのにもかかわらず、今日までたった一人の医師、看護師、科学者、技術者、政策立案者(政治家)、行政官も、自らの犯してきた罪を認めていないことです」

これまで20年以上にわたって法律は、米国防省がアメリカ国民を“モルモット”にすることを許して来ました。 この法(US code annotated Title 50, Chapter 32, Section 1520, dated 30 July, 1977)は、1998年に民衆の声によって廃止されるまで、有効なものでした。 そして、改正後の法律では、米国防省の人体実験は禁止となりましたが、“例外”は認められる、、となっています。 
“それらの実験が、医療・治療・薬学・農業・産業目的、または一般研究目的である場合は” 例外として認められるのです。
このように、1998年の改正法も抜け穴だらけであることから、極秘の人体実験は今後も続けられていくことが懸念されます。 
化学・生物学的薬品(兵器)の人体実験における規制(及び例外)についての詳しい情報は、Gulf War Vets のウェブサイト http//www.gulfwarvets.com/1520a.htm. に問い合わせてみてください。

非倫理的で危険な人体実験は、“国家安全保障”の名目のもと、今日でも極秘に行われている事は、間違いありません。 従って、患者側も、政府がスポンサーとなっているような医学的研究に ― それも有名な医学研究所で実地される場合は特に ― 参加するか否かは、二度三度と熟考してから決断することが大事です。 
また、賢明な患者としては、医者(あるいは科学者)に対しては、常に良い意味での「疑い」を持って接する事、そして、少々の「パラノイア」も忘れないようにしたいものです。

まったく可笑しな話に聞えますが、それがあなたの命を守る事になるのです。



(意訳を含む翻訳でした)
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ある元CIA医師は、「我々は、来る日も来る日も実験に追われ、“超極秘メモ”が常に飛び交うような「(現実離れした)お伽の国」に生きていた」 と当時の事を振り返っています。 
そのような特異な環境に身を置いていると、正常な判断力も失われてしまう、ということでしょうか。

クリントン元大統領が召喚した委員会(Advisory Committee on Human Radiation Experiments 放射線被曝実験諮問委員会)のメンバーの一人であったJonathan.D.Morenoは、「法の網を潜って、今なお人体実験は続けられているし、これからも続けられていくであろう」と言っています。

“国家の安全のために” あるいは “医療や科学の進歩のために” という名目のもと、「倫理に反した探求心」を持ってしまった医師たちや科学者たちと、「誤った使命感」を持ってしまった政府、知らずにとはいえ、モルモットとなってしまった声無き国民の“参加”によって、人体実験は行われてきたし、これからも続けられて行く、ということなのかも知れません。


ニュルンベルク綱領が定められた後も、多くの人々が実験参加への「同意」無く危険な人体実験のモルモットにされ、何人もが命を落とし、犠牲となってきたことは、事実として認められました。 それにもかかわらず、人体実験に携わった政府、医療関係者、科学者、誰一人その罪を認めた者も、また、裁かれた者もいないのです。

そのような現状について、法学教授のアラン・シェフリンはこのように言っています:
「何も知らない犠牲者(被験者)に対して、法に反するような実験を行ったとしても、刑罰を免れることができる、というメッセージを世界中の政府や医師・科学者たちに送っているようなものだ」


1995年の放射線被曝実験諮問委員会の最終報告以降も、さまざまな形で人体を使った実験は続けられているのが現実です。
政府が秘密裏に行う人体実験というのは、私達の知らないうちに行われ、その真実が暴かれるのは、いつも、既に「犠牲者」が出た後だと言われています。

過去の教訓は、まだまだ生かされてはいないようです。



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2011年10月22日 | ニュース | トラックバック(0)件 |

冷戦時代にアメリカで行われていた放射線人体実験 part 2

前記事からの続きです。


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(元記事はこちらです)


【冷戦時代の医療倫理】

彼らの様な「実験医師」たちは、「医師は患者を傷付けてはならない」というヒポクラテスの誓いを、なぜ平気で無視するような事ができるのでしょうか? 第二次世界大戦後のナチスの戦争犯罪裁判の結果を受けて作成されたニュルンベルク綱領(Nuremberg Code)に違反したのでしょうか?

ニュルンベルク綱領には、人体実験を試みるに際して医師が守らなければならない10項目の基本原則(ガイドライン)が示されています。 ナチスの戦争犯罪裁判以前は、ニュルンベルク綱領のようなガイドラインは医師たちの間には存在しませんでした ; 現にナチスの医師たちの弁護士たちも「かつての戦時中にも、イリノイ州立刑務所の囚人たちを「故意に」マラリアに感染させたことがあったように、人体実験は昔から行われて来たものである」と反論していました。

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           ニュルンベルク裁判 (1945年11月20日 - 1946年10月1日)


ニュルンベルク裁判が続くなか、AMA(American Medical Association 米国医師会)も独自の倫理基準を定めました。 その中には以下のような条項が含まれています : 1)人体実験の被験者からの同意は、必ず事前に得ること  2)各実験の危険性は、あらかじめ動物実験にて検証されること  3)実験は、適切な医療処置とマネージメント下のもとで行われなければならない

過去の記録を調査すると、政府による放射線実験の犠牲者たちの多くは、綱領で求められているような「同意」をしていなかったことが分かります。 1959年の時点でも、ハーバード大学医学部の研究者であるヘンリー・ビーチャーは綱領について「極端すぎて、現実の医療研究には不適切である」と述べています。 また別の医師は、綱領は主流となっている医療モラルに対しては、ほとんど影響を与えない(無意味である)とし、「病気を患っているような者に、本人の病状や難しい説明をしたところで、どこまで理解出来る能力があるか疑問であり、そのような者から「同意」を得ることに果たして意味はあるのか」と発言しています。

1961年にハーバード大学医学部で行われた論争「合衆国で実施されている研究にとって、綱領は必ずしも適切ではない、適応されるべきものではない」 について、ジェイ・カッズは1996年の米国医師会の会報にて振り返っています。 
カッズは会報に“医療研究者たちは、ニュルンベルク綱領の第一原則は厳し過ぎて、煩わしいものだと感じている”と書いています。 しかし、医療的な実験の実験台となる患者たちは、自分たちの病状が少しでも改善されることを願って実験に参加している訳です― 害を加えられるなどとは、夢にも思っていません! また、完全に医師を信用しきれないでいる患者もいます。

「The Nazi Doctors and the Nuremberg Code」の筆者であるカッズは、多くの医師たちはニュルンベルク綱領について“残虐な野蛮人に適応するには素晴らしい綱領であるが、普通の医師たちには不必要な綱領”であると考えていると述べています。



【大統領諮問委員会】

1994年の1月、クリントン元大統領は、人体実験疑惑に関する調査を始めるため、諮問委員会を召喚しました。 1995年10月3日に提出された最終報告の中には、1960年代前半まで、患者の同意無しに様々な「研究」(実験)が患者たちに施されていた事が判明したと書かれてありました。

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委員会が特に厳しく批判したのは、患者の病状にとって決して有効とは言えない実験を、患者の同意なく行っていたことです。 この中には、テネシー州のオークリッジ病院、ニューヨークのローチェスター大学、シカゴ大学、サンフランシスコのカリフォルニア大学で実施された「プルトニウム注射実験」の犠牲となった18人や、「ウラニウム注射実験」の実験台となった重病患者たち : ローチェスター大学にて6人、ボストンのマサチューセッツ総合病院にて11人 が含まれます。 プルトニウム注射やウラニウム注射を打たれた患者は、10年後20年後にガンを発症する確率を「あげられて」しまったのです。

The Final Report of the President’s Advisory Committee(委員会による最終報告)は、1996年にオックスフォード大学出版局(Oxford University Press)から出版されている「The Human Radiation Experiments」で読む事ができます。 委員会は、数々の実験については深く調べましたが、実験台となった人々に関する調査はなされませんでした。 多くのケースにおいて、患者の名前や記録はすでに廃棄されており、実際には一体何件の実験が行われたのか、それが何処で行われたのか、どの政府機関が関与していたのか、などを割り出すのは容易なことではありませんでした。 また、研究(実験)の支援機関の一つであった米国保健福祉省も、何十年も昔に実施されたような実験に関する資料・記録は、すでに処分済みでした。

調査を行った委員会は、ほとんどの実験に関して“国の、過去数十年分の歴史に関する資料・記録の大部分が失われた、または、行方不明になっている”、“最低限の記録しか残されていない” 事実が判明したと述べています。

また、エネルギー省は、同省の前身であったAEC(原子力委員会)時代の関連資料は1970年代に全て廃棄されたとしていますが、矛盾した事に、その中には1989年に行われた実験の物も含まれているのです。 
CIAに至っては、すべての記録が機密扱いになっています。 以前に、最高機密であったMKウルトラ(実験について何も知らされていない被験者に、その思考を操作するような薬を投与する などの実験)に関する記録の提示を求められた時も、CIAは、MKウルトラがスキャンダルになった1970年代に関連資料・記録はすべて廃棄処分にされたと説明していました。


 
【政府の秘密は守られる】

委員会は、「政府が、一部でも資料を保管していなかったら、今回の調査は進まなかったし、そうした資料がこうして一般に公開されることもなかった」と話しています。 しかし、連邦の文書管理法には、古くなった文書は定期的に廃棄処分にする規定も含まれています。 つまり、普通に文書管理を行っていれば、多くの関連文書や資料が失われていてもおかしくはない、ということです。

委員会は失望感を込めながら : “とはいえ、「廃棄処分の対象となった文書(機密文書も含む)」を記録した文書(=どの文書が廃棄されたか、を記録した文書)までも廃棄あるいは紛失してしまっている” と訴えました。 それら文書がどのような経緯で廃棄されたのか(実際に廃棄されたのか、単に紛失してしまったのか)を確かめるのも困難な状況なのです。

委員会によると、AECは、人体実験は行われていないと断言し、秘密の研究が行われている事実を作り話でもってごまかし、政府の指導のもとに行われた「生物学的研究」では、被験者たちにわざと曖昧な情報しか与えないで騙して来たように、何度も何度も人々を欺いて来た、といいます。 政府が“born secret”(初めから「機密扱い」と決められている)と定めた情報と云うのは、永久に「機密扱い」なのでしょう。

委員会は、以下のように結論をまとめています : “政府は、私達に関係する非常に重要な事柄を、私達から隠蔽するパワーを持っている”。 

貴重な参考資料となるそれら“失われた文書”無くして、歴史家や研究者たちは、どうやって政府の隠された悪行についての真実を暴く事が出来るのでしょう? 機密文書が規定に沿って処分されたり、紛失されたりしている中、“決定的な証拠”など、どこにあるというのでしょう? 私達は、嘘と隠蔽で塗り固められた冷戦時代に多くの人達が人体実験の犠牲となっていたと云うことは、分かってきました。 では今後果たして、現在でも機密扱いとなっている1974年以降から現在までの医療と科学に関する「秘密」を探り出し、暴く事は出来るのでしょうか?

医療記録も追跡調査の記録も残されていないため、自ら望んで、あるいは望まずに実験に“参加”した人々のその後を調べる術はありません。 委員会も、被験者たち一人一人の状況について、調べ上げるだけの時間も資料もありませんでした。 人体実験に関する情報と云うのは、本当にごく限られた断片がかろうじて残っているだけでした : 「実験」において、被験者たちの身体に、実際にはどれほどの害が加えられたかについて確かめる事は難しいでしょう。

           

           hre12.png
          ↑こちらは1954年の「キャッスル作戦」時の「プロジェクト4.1」の報告書


(意訳を含む翻訳でした)
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以上、part 2 でした。 次回は part 3 です。







2011年10月20日 | ニュース | トラックバック(0)件 |

冷戦時代にアメリカで行われていた放射線人体実験 part 1

「米政府や医師、科学者たちが、国民を、国民の同意無しに、放射線人体実験のモルモットにしていた」

今回ご紹介します記事は、今から10年前にNew Dawn誌に掲載された物で、冷戦時代にアメリカ政府がマンハッタン計画の一環として極秘に行っていた放射線人体実験について書かれてあるものです。

著者は、Alan R Cantwell Jr., M.D.  という元皮膚科医師で、近年ではエイズやガンについても研究されており、著書も数冊あるようです。 また、「HIVウィルスは人工のものである」と云うCantwellさんの主張は、陰謀論好きの間では有名かも知れません。


長い記事ですので、数回に分けて記事にしたいと思います。
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              THE HUMAN RADIATION EXPERIMENTS
       How scientists secretly used US citizens as guinea pigs
                    during the Cold War



第二次世界大戦後の冷戦時代、何千人ものアメリカ国民が、政府が秘密裏に行って来た4000件以上の放射線実験の犠牲者となってきました。 これらの実験を行ってきたのは、Atomic Energy Commission (AEC)(米原子力委員会)をはじめ、Department of Defense(米国防総省), Department of Health, Education and Welfare(米保険教育厚生省), Public Health Service (now the CDC)(公衆衛生局(現在の米疾病管理予防センター)), National Institutes of Health(米国立衛生研究所), Veterans Administration (VA)(退役軍人管理局), CIA, そして NASA などの機関です。

何百万という人々が、200回以上に及ぶ大気圏内核実験や地下核実験時の放射性降下物によって被曝し、さらに、何百回にもわたり私達の環境の中に放射性物質が秘かに放出され、多くの人々が放射線に晒されてきました。 特に、1950年代~1960年代にかけて、ネバダの核実験場近くで働いていた20万人以上の「被曝退役軍人」(被曝した米軍兵士たち)は、当時の放射性降下物の影響をもろに受けてしまいました。

また、ネバダ、ユタ、コロラド、ニューメキシコといったネバダ核実験場の近くの小さな町に住む何千人もの住民たち、いわゆる「風下住民」も放射性降下物の被害を受けました。 彼ら風下住民たち(動物たちも含め)は、環境、食物、への放射能汚染の害に見舞われたと同時に、最もひどい放射線累積効果に苦しまされました。
政府により被曝させられ、その後も被曝症状に苦しみ続けることとなる環境に置かれることとなってしまった人々の様子は、キャロル・ギャラガー著作のフォト・エッセイ「American Ground Zero: The Secret Nuclear War (The Free Press, 1993)」 に記録されています。

機密解除となったAEC(原子力委員会、現在はDepartment of Energy(米エネルギー省))の1950年代の記録文書を調べたキャロル・ギャラガーは、その文書の中でネバダ核実験場の風下住民について「利用価値の低い人口の居住地区」と記されたあったことに驚愕したそうです。 そうした冷酷な行為(風下住民に対する扱いと表現)にショックを受けたギャラガーは、彼女自身も米西部に移り住む事を決め、以来、核実験場の近くに生活する人々や実験場で働く人たち、また、軍の核実験により何度も放射線に晒された兵士たちについて調査・記録し続けています。


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【ディスインフォメーションと死の灰(放射性降下物)】

核武装競争が進む中、政府の医師たちと科学者たちは放射性物質について「低線量なら問題はない」と公言し、大衆を洗脳して来ました。 ある当局などは、「少量の放射能は、健康にも良い」などと言って、人々を説得しようとしていました。 
そして、放射性降下物による実際の影響 ― ガンの発症率が高くなること、心臓病、神経障害、免疫系障害、生殖機能の異常、不妊、先天性異常、遺伝子突然変異、、といった情報に触れられることは、一切ありませんでした。 冷戦時代、アメリカ国民に対して行われて来た数々の放射線実験による被害の「実態」を完全に明らかにすることは、おそらく不可能でしょう。

医師たちも、放射線がいかに有害なものであるかを知りつつ、その事実を無視してきた、と1947年4月17日付のAECの機密文書には記されています。 “Medical Experiments in Humans”というタイトルが付けられた項目のメモランダムには : 「パブリック・オピニオンに悪影響を与える(当局にとって都合の悪い)ような、あるいは裁判沙汰になりかねないような「人体を使った実験」に関する資料は、公表しないことが望ましい」 と書かれています。 そのような分野に関する資料は、ことごとく「機密扱い」にするべきだ、とあります。

多くの風下住民たちの証言によると、放射性降下物の影響について公衆衛生局は「放射性降下物に対し不安になる“ノイローゼ”こそが、ガンになる最たる原因であり、特にその傾向は女性に見られるものである」 と説明してしたことが、ギャラガーの調査で分かりました。 髪が抜け落ちる、皮膚に現れる火傷の症状などの重度の放射線病を患う女性たちは、医師から「神経症」と診断されました。 また、別のケースでは、放射線病の女性たちは「主婦症候群」だと診断されていたといいます。

なぜ、風がユタ州の方角に吹き始めるまで核実験を待ったのか?ラスベガスやロサンジェルス方面への汚染を防ぐような対策を怠ったのか、と云うことについてギャラガーがAEC(原子力委員会。現DOEの前身)やDOE(エネルギー省)に問うたところ、当局は何も憚ることなく平然と次のような回答をしたそうです ;「ユタ州の住民たちは、放射線のことなど、気にも留めていませんから」。 
この発言は、実際に記録テープにも録音されています。


【隠されてきた放射線実験】

ごく最近になってようやく最高機密資料が公開されるようになったことにより、1944年~1974年の冷戦時代に行われてきた非倫理的かつ非人道的な放射線実験に関する実態が詳しく分かるようになってきました。 1993年11月、Albuquerque Tribuneが掲載した記事にて、この世で知られる最も有害な物質の一つであるプルトニウムの注射(実験)をかつて受けたと云う18人のアメリカ人たちの名前が公表されたことから、政府の極秘人体実験に関する話が一般に広がっていきました。 その記事に名前が掲載された被験者のうち、数人は致命的な病気を患い続けました。 
ジャーナリスト、アイリーン・ウェルサム(後に、ピューリッツァー賞を受賞)によって書かれたこのおぞましい内容の記事が口火となり、冷戦時代に行われた実験に関するすべての機密文書・資料の公開を、ヘイゼル・オリアリーエネルギー省長官に対し求める(抗議の)声が全国的にあがり始めました。

非常に危険な物質であるプルトニウムを使用した実験は、核爆弾の開発・実験に携わった実績のある科学者集団によって組織された政府の「マンハッタン計画」の支援のもとに行われました。 秘密裏に行われた数々の実験は、原子力産業で使用するためのプルトニウムやその他の放射性物質を生産する(扱う)ことを仕事とする労働者たちに適応される「労働基準」のようなものを設けることを目的としたものでした。

政府が機密扱いにしてきた「実験」には、以下のようなものがありました:

・1960年代、100人以上のアラスカの村民たちに放射性ヨウ素を照射

・1946年~1954年にかけて、49人の知的障害者や施設に収容されているティーンエイジャー達を対象に、放射性ヨウ素とカルシウムが混入されたシリアルが与えられた

・1940年代後半、約800人の妊婦に放射性ヨウ素を照射、胎児への影響を調べた

・7人の新生児(うち6人が黒人)に放射性ヨウ素を注射

・確実にガンを引き起こす量の放射線を、100人以上の囚人たちの睾丸に照射。この実験は1970年代前半あたりまで続けられた

・約200人のガン患者に高線量のセシウムとコバルトを照射。 AECは1974年にこの実験を止めている

・サンフランシスコの精神病患者とサンクウェンティンの囚人に放射性物質を投与

・1950年代~1960年代、ガン患者たちに対して大量の放射線を全身照射する実験がアメリカ シンシナティの総合病院、ヒューストンのBaylor College、 ニューヨークのMemorial Sloan-Kettering、 べセスダのUS Naval Hospital にて行われた。 この時得られたデータは、仮に軍が核攻撃に遭った際、隊員たちにはどのような影響があるのか? と云う事態を懸念する米軍の参考資料とされた

・リュウマチ性関節炎などを患う患者29人に対し、100~300radの放射線を全身照射。 実験の結果は、軍のデータに。 この実験はサンフランシスコのUniversity of California Hospital にて行われた


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ネバダ核実験場での核実験の様子(左) と 目を守るためのメガネを装着した以外は何も防護せず核実験を見せられた人達(右)



【The Atomic Energy Commission 原子力委員会】

1995年、米エネルギー省は1944年から1974年に亘り430件以上の放射線実験をAECが行ってきた事を認めました。 16000人を超える人々が、放射線が健康に及ぼす害についての説明も受けることもなく、同意もする事も無く、放射線に晒されました。

こうした実験は、原子力科学者たちが核戦争や放射性降下物が人体に及ぼす危険性を研究するための題材として行われて来ました。 当時は、核軍備増強に関する情報はすべて機密扱いされていたため、放射線人体実験も「機密」とされ、“国家安全保障”という名目のもと、実験は実施されてきたのです。

驚く事に、多くの放射線人体実験は、シカゴ大学、ワシントン大学、マサチューセッツ工科大学(「ラスムッセン報告」のノーマン・ラスムッセンもここの出身)、ヴェンダービルト大学、などの非常に「有名な」医学研究所や大学にて行われていたのです。 


【ウラニウム坑夫】

上述した放射線実験以外にも、1940年代~1960年代にかけて、アリゾナ、ユタ、コロラド、ニューメキシコのFour Corners(フォーコーナーズ)一帯にて、AECのためにウラニウムを採掘していた作業員たちも放射性物質を含む塵によって被曝していました。 換気も十分でない鉱山での作業は、確実に肺がんを発症して死に至るような、生命の危険にかかわるようなラドンガスが充満している事実を、AECの科学者たちは知りながら、その重要な情報が肝心の坑夫たち(全員ネイティブ・アメリカン)に伝えられることはありませんでした。 その結果、多くの坑夫が若くして肺ガンで亡くなりました。

当時のアリゾナ州知事兼弁護士であり、ケネディ政権とジョンソン政権時には内務長官も務めたことのあるスチュワート・ユーダルは、そうした坑夫とその家族を代表して、連邦政府に対し放射線障害の集団訴訟を起こしました。 その時の事について、ユーダルは自身の著書「The Myths of August」の中で次のように書いています : 原子力機関の無実を主張する医師の中には「様々な状況下にての被曝に関しては、当時はまだ充分な研究がなされておらず、健康への危険もあまり知られていなかった」と反論する者もいた。 また、他の者は、被害者たちからのインフォームド・コンセントすらも得ていなかったにも拘わらず「(坑夫たちの放射線障害からは)今後の医学的な研究・進歩にとり、とても有益なデータが得られた」と、あくまでも実験の正当性を通そうとした。 

医師たちの中には、AECの医師たちが行ってきた事は「ただ単に、戦後の時代の“一般的な倫理”に従ったに過ぎない」とし、その行為は許される範囲のものであったと反論する者もいました。
1983年、坑夫たちのケースがようやく裁判にかけられましたが、アリゾナの連邦裁判所は「アメリカ合衆国政府は、法的な訴訟に関しては免責が認められている」として、訴えは棄却されてしまいました。 

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(意訳を含む翻訳でした)
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以上、パート1 でした。 次回はパート2へと続きます。







2011年10月17日 | ニュース | トラックバック(0)件 |
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