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「制御破壊」による世界金融崩壊はNew World Orderへのシナリオ?! Part 2

Part 1 からの続きです。

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【自由の終わり - グローバル警察国家】

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1970年頃以降の40年間、私達は旧グローバルシステムから新グローバルシステムへと向かう体制変換のプロセスを目の当たりにして来ました。 旧システムでは、先進諸国は比較的に民主主義的で繁栄が期待出来た一方で、発展途上国は警察国家の圧制や大量貧困、帝国主義(外部勢力による搾取)に苦しんで来ました。 前述したように、体制の転換(移行)プロセスを“crossing the Rubicon”(“ルビコン川を渡る” 後には戻れない、と云う意)と表してきました - かつては第三世界で敷かれていた政策や策略が、徐々に第一世界にも敷かれ始めています。

こうして、崩壊―救済措置の詐欺によって、IMFの債務奴隷となることも、ルビコン川を渡ってしまいました。 その後を追うように、国債保有の権限をもってIMFがとった緊縮政策によって生じた大量貧困が、ルビコン川を渡っいるところです。 第一世界が、その民族からかけ離れた所で存在し「権力で結ばれ合った」搾取的なバンクスターたちとその「官僚」の支配下に置かれるようになってしまったことで、帝国主義も、ルビコン川を渡り始めています。 警察国家の圧制も、同様だとしてもおかしくはありません : 第三世界のような貧困のレベルを第一世界においても引き起こしたいならば、第三世界同様の圧制が必要となるのです。

反グローバリゼーションの運動は、体制変換のプロセスに抵抗する動きの走りと言えるかもしれません。 1999年11月のシアトルの反グローバリゼーション・デモに対する警察の対処は、警察国家の圧制が“ルビコン河を渡った”時であったと言えるかも知れません。 あの時の警察による過剰なまでの暴力 - 例えば、デモに参加した人の目を無理やり開かせ、ペッパースプレーを噴射するなど - は、第一世界における非暴力的なデモでは、かつては絶対に見られなかった行為です。

皮肉にも、そのような警察の態度が世界中に報道されたことによって、反グローバリゼーションの運動は強固なものへとなって行きました。 デモの規模や結束力が拡大するのと比例して、警察の対応もより暴力性を増していきました。 こういった動きは2001年7月のゲノアでその頂点を迎えることになります - 当時の両サイドによる暴力は、まるでゲリラ戦を見ているかのようでした。

当時は、反グローバリゼーションの運動は世界中のニュースを独占し、グローバリゼーションに反対する動きは非常に高まりました。 このような目に見えて分かる運動は、反システム運動の氷山のほんの一角でしかないのです。 本当のところ、第一世界の一般的な国民の感情は、劇的な転換の時を迎えていたのです。 運動を指揮するリーダーたちも、反資本主義運動として捉えるようになっていたのです。 
ひょっとしたら、もしかしたら、目覚め始めた民衆によってグローバル・エリートたちの「計画」を軌道から逸らさせることも可能かも知れない、、、と云った政治的な変動への空気が、世の中には漂っていました。

しかし、それも2001年9月11日、2つのタワーが倒壊されたことで、一転しました。
あの運命的な日を境に、反グローバリゼーションの運動も、またグローバリゼーション自体も、人々の意識から完全に消失してしまったのです。 突如として、全く新しいグローバル・シナリオと新しいメディア・サーカスが登場しました - 新たな敵、新たな戦争、実体の無い敵を相手にする新たな「終わりの無い」戦争、「対テロリズム」戦争。

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2008年11月の計画的な金融崩壊が、いかに当時進行していた数々のプロジェクト - 国家主権の解体や圧制の導入など - に拍車をかけたかについて見て来ました。 これと同じように、2001年11月のイベントも、その当時同時に進行していた数々のプロジェクト - 市民的自由の放棄や国際法など - に拍車をかけました。

“Patriot Act”(米国愛国者法)などは、2つのタワーが倒壊する前から草案が練られていたのです。 (アメリカにおいては)「警察国家」がより一層現実的なものとして定着する気配を窺わせるものでした - 「権利章典」などは、もはや無意味で、無効なものとなってしまったのです。 やがて、このような“対テロリスト”法は、他の第一世界へも広がって行き、採用されていったのです。 
もし、反システムの運動が第一世界で再び起きようものなら(例えば、最近のギリシャのように)、専制的な警察権力を持って、抵抗軍は鎮圧されるでしょう。 

バンクスターたちの体制変換の計画を妨げようとするような運動は、それがいかに民衆からの支持を得ている運動であったとしても、許されないのです。 反グローバリゼーションの運動では、こう叫ばれていました:「これが真の民主主義だ!」と。 そして、9・11の件も手伝い、バンクスターたちは、こう返したのです:「これが真の圧制というものだ」。

9・11は、イラクとアフガニスタン侵攻を招き、主権(統治)国家への侵攻といった行為は、あれやこれやと口実を付ければ公然と認められるような風潮を生みだしました。 市民的自由同様、国際法も完全に放棄されてしまったのです。 
国内における警察介入からすべての規制が取り払われたように、地政学的な軍の介入からもすべての規制が取り払われたのです。
バンクスターたちの体制変換アジェンダの前に立ちはだかるものは、何も無いのです。

テクノトロニックの時代では、より一層統制された社会が徐々にその姿を現わす.....エリートによって支配され、伝統的な価値観に縛られない.....エリート達は、政治的な目的を果たすためならば、大衆の行動に影響を及ばすような最新の技術を使う事も辞さない..... 社会の危機を継続させ、カリスマ性のある人物を登場させ、大衆の衆望を得るためにマスメディアを利用することで、アメリカを非常にコントロールされた社会に変身させる事も出来る..... さらに、政治的画策の目的のために、人間の脳と行動(習性)に関する研究の成果を利用すること - 実に魅力的な話である ― も可能かも知れない。
ズビグニュー・ブレジンスキー、 Between Two Ages: America’s Role in the Technetronic Era, 1970





【資本主義後の時代 - 新らしい文化には新しい神話を】


2012年が「その年」となるのかどうかは分かりませんが、エンドゲームがそれより先の未来まで続くことは、考えにくいです - また、宇宙のマスターたちは、9・11(チリもマンハッタンもこれでした)、KLA007 などと云ったシンボリズムが大好きです。 2012年は、シンボリズム満載の年と言われており マヤ歴やインターネット上で噂される2012年関連の予言、サバイバル指南、宇宙人による地球侵略、といった話題が絶えません。 さらに、ほぼ全人類が滅亡する中、選ばれた少数のみがあらかじめ準備されていた救済手段によって助かるというストーリが描かれている『2012』というハリウッド映画もあります。 ハリウッド制作の作品に関しては、どれがただのファンタジーで、どれが近未来に起きる事を事前に知らせ大衆の認識を「象徴的に準備」させる(受け入れさせる)ことを目的としているのか、が分かりません。

「その日」がいつであれ、それまでバラバラだったすべての糸は一本の糸に縒られ、地政学的にも国内的にも、世界が変わるのです。 かつて貴族政治主義から資本主義へと、ローマ帝国から暗黒時代へと移行したように、新しい時代が訪れるのです。 
それぞれの時代にはそれぞれのシステムや経済、社会形態、独自の神話などがありました。 こうした事柄は、相互に関連性を持っていて、その性質はシステムの基本的な力関係と経済状態によって形成されて行きました。 

時代が変わると、旧時代のことはいつも新時代の神話の中では悪魔のような扱いで登場し表現されて来ました。 「エデンの園」の物語の中では、蛇が悪魔視されました - 唯神教が広まる前までの異教において、蛇は崇められていました。 ヨーロッパ国家が台頭し始めた時には、カトリック教会が悪魔視され、プロテスタントが広まりました。 共和制の台頭の際には、貴族の「撲滅」がプロセスにおいて重要な要素となりました。 
2012年以降の世界では、民主主義と主権国家が悪魔視されるようになるでしょう。 これは、人々に専制的なトタリタリアン的支配を受け入れさせる過程において、とても重要なことなのです。 

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人類が一つに統合され、幸福感に溢れるようになる以前の暗黒の世界は、アナーキーが世の中を支配していた。 野生の弱肉強食同然の国同士の争いが絶えない時代。 国内は常に不安定で、選挙民は党から党へと移ろい、政府は変動と混乱に陥っていた。 半端な教育しか受けていないような者たちに、複雑な社会を治めたり、「自制」できるなんて、一体誰が思ったであろうか。 民主主義は、堕落とカオス的な「統治・支配」を招いただけの浅はかな実験であった。 
それが今では、人類は成長し、賢明な専門家たちが地球(全世界)の行方を「決断」してくれるとても秩序ある世の中に生きられる私達は、なんと幸運なのであろうか。

(訳者注: 本記事中にあります青色の斜体文字の部分は、元記事の著者Richardさんが「新しい時代に広められるであろう神話」を想像して書かれたものです)

成長し、発展し、変化して行くことが資本主義です。 資本主義のもとでは、野心・イニシアティブ・競争心は美徳とされ称賛されてきました。 なぜならば、そう云った要素は資本主義には欠かすことの出来ない動力であるからです。 
人々は、お金や物をどんどん所有するようにけしかけられ、現状に満足していてはダメだと煽りたてられてきました。 
資本主義を上手く機能させるためには、人々には多少の自由を与え、少々の繁栄(金銭などの)も与えられてきました。  
自由無くしては、野心的にはなれません ; また、繁栄無くして、どうして蓄財を推進することが出来るのでしょうか?

資本主義後の世界では、資本主義の時代には美徳とされて来たことが否定され崩されます。 これは、人々に貧困と統制を受け入れさせるためには、必要な事なのです。

拝金主義が諸悪の根源であり、資本主義のシステムは始めから「腐敗・堕落」し荒廃をもたらすものであった。 人間や地球の事など無視して、企業が利益や利権に向かって盲目的に突き進み、市場はアナーキーに支配された。 
私達が本当に必要とする物だけを生産し、環境を破壊せずに済む必要なだけのものの消費の方が、どんなにか賢明ではあるまいか。 
資本主義は欲と消費・浪費を「奨励」してきた : 人々は、お互いを“蹴落とす”競争のなかでもがき苦しみながら。 
自分に割り当てられた配分で満足し、自分の使命を受け入れて、社会の役に立つことが出来るようになったというのは、大した進歩だ。


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資本主義後の時代の訪れによる体制変換では、極めて意図的に統制された経済、政治、地政学や神話といったものが見られることでしょう - 非常に組織されたプロジェクトです。 そして、それまでとは全く違った現実や、世界的に新しい文化が作り出されるのです。 要するに、文化すらを変えることの出来るパワーが、究極のパワーであると言えるでしょう。
新しい文化も、たった一世代で過去のものとなってしまいます。 バンクスター=ロイヤル・ファミリーが次々と仕掛けて来る「操作されて作り出された文化」を阻止する術が私達にはあるのか、疑問に感じることでしょう。

公教育と云うものが始められて以来、国と家庭は子供の条件付けのコントロールをめぐって争って来ました - 幼少期に施されるインプットこそが「文化」を次の代へと引き継ぐ要であるのです。 マイクロ管理(細部まで管理)された資本主義後の時代では、国が子育ての権利を独占するといった社会操作の“最終的解決”が進められるでしょう。 そういった世界では、親子の絆は消滅し、家族や親戚といった肉親たちとの繋がりも薄れて行きます。 血族と云う概念も無くなり、共同体に暮らす「メンバー」としか見做されなくなります。 「家族」という形態は解体され、無くなります。 ここアイルランドではすでに毎日のようにテレビから「親による幼児虐待や放置のニュース」が流れて来ます・・・。

資格も無く、トレーニングも受けていないようなカップル、あるいは精神的に問題があったり、中毒を患うようなカップルが、我が子を親の好き勝手に育てていた、、とはなんと云う恐ろしい時代であったのであろうか。 家父長的奴隷制の名残、家庭における子供虐待などといったことが、何故誰もその実態に気付くことなく、あれだけ長く続けられてこれたのであろうか? 
それに比べて今は、トレーニングを受けたプロのスタッフが子供たちを躾、正しい価値観を教え込み教育してくれる。 なんと素晴らしい世の中となったのであろうか。



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元記事 : The Elite Plan for a New World Social Order

(以上、意訳を含む翻訳でした)
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2001年9月のワールド・トレード・センターの倒壊とともに、市民の「自由」が奪われ、2003年以降の「制御破壊」による経済・金融崩壊によって、国家の主権が奪われて行き、これまでは第三世界にて行われて来たことが、現在は第一世界にて行われている、、、、、。 

今まではバラバラだった複数の「糸」が、今まさに一本の糸に縒られ始めている、とRichardさんが言うように、グローバル・エリート達の目的達成に必要な要素(個々の糸)は、そこここに存在しそれぞれ「出番」を待っているのでしょう。
その中の一つ(一糸)が、Occupy Wall Street のmovementだとしたら・・・・?

Richardさんは記事の中で、新しい体制や文化を人々に上手く受け入れさせ定着させるには、旧体制やそれまでの文化(広く認識されている価値観など)を否定・悪者視させるような「神話」を広めることが肝要であると書かれています。
現在、OWSのmovementが訴えていることは、まさに現在のシステムの「否定」とも聞えます。

OWSが、純粋に自然発露したものであれ、あるいは「仕掛けられた」ものであれ、彼らOWSの「運動」が世界統一政府を築きたくて仕方ないグローバリストたちの「思う壺」になってしまうと云う可能性はあると思います。

“我々は、世界的変換を迎えようとしている。 あとは適当な大きな危機さえ起これば、国民はNew World Orderを受け入れるであろう。”  
というデヴィッド・ロックフェラーの言葉が私の頭をよぎります。


「制御破壊」で世界の経済・金融が崩壊へと向かい、破たんする国が相次ぎ、それによって国内の最低ラインのインフラまでもが崩れ出し、政府も何も出来なくなった時、人々は、「regime change」(体制変換)を「求める」ようになるのではないでしょうか。

「破たんしたシステム」、「危機」、「問題解決」。 

「正」・「反」・「合」。

ここにもヘーゲルの弁証法が出て来るのかも知れません。


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